店主自己紹介

どうも店主です!
ちょっと長いですが、のんべんだらりと語る感じで私とコーヒーのお付き合いについて書かせていただきます。

簡潔なプロフィール

店主 マギ

magi.(福井陽介)
読み仮名は「マギ」
コーヒーと音楽、遊びと教育を通じ、人の深層を見つめつつ常識にとらわれない世界を作ることを大事に生きる人。

中学生時代から自分でコーヒーを淹れ始め、ペーパードリップ、ネルドリップ、フレンチプレス、サイフォン、その他固定観念にとらわれずにたくさんの抽出方法を試す。
現在に至るまで、50種類を超える豆の焙煎経験を持つ。一つ一つの味は膨大なノートに全て書き留め、忘れないようにしている。

自分好みにコーヒーを焙煎して飲むのも、他の人が作るコーヒーを飲むのも好き。
数々の名店との出会いの中、「研究を重ね続け、誠実に淹れたコーヒー」に心が打ち震える経験をし、自分の人生の一部をコーヒーと、それを通じて人の人生をそっと支えることを決意。

2016年からコーヒーのお店を始める。
「一人ひとりにとっておいしいコーヒーを淹れること」に心血を注ぐ。
2020年、セミオーダーメイドのコーヒー豆通販専門店「空想喫茶ほころび」として活動開始。

舞台音楽を中心とした作曲家としての顔も持つ。日本庭園のような間のある音楽を好む。
葉巻やパイプ、日本のお香といった、香りの奥深い嗜好品を嗜みながら、よくぼーっとしている。
基本的に妻と息子にベタ惚れ。趣味はインディーズゲームとスポーツ自転車。

詳しくて長ーいプロフィール。店主のコーヒーへの思いを語るよ!

ちょっと長いですが、のんべんだらりと語る感じで私とコーヒーのお付き合いについて書かせていただきます。
大変長い読み物テイストになっているので、読みたい人だけどうぞ。

小学生〜中学生のころ。コーヒー牛乳やチェーン店のコーヒーを飲む子どもだった

コーヒーとの出会いは、厳密に言えば小学生の頃に飲んだ「わたぼくコーヒーミルク」。
ちょっとだけコーヒーは入っているものの、砂糖とミルクが大半。子どもでも飲みやすい甘い飲み物です。

はじめてのコーヒー
「わたぼくコーヒーミルク」。近所で見つけたので、懐かしくなって再び飲んでみました

2000年前後に実家(埼玉県)の近くで大がかりな再開発がありました。商店街は無くなり、大型ショッピングモールと共にスタバやドトールなど、チェーンのカフェがいっぱい入ってきました。
それがきっかけで色々なカフェにも行くようになり、中学生になるころにはミルクや砂糖も入れず、ブラックでコーヒーを飲むようになりました。

ドリッパーとコーヒーミル
始めて買ってもらったドリッパーとコーヒーミル。どちらも使いやすいモデルで実家で現役で使われています。

高校生〜大学生のころ。コーヒーの名店と出会い衝撃を受ける

高校生の頃は東京の学校に通っていました。
「都心部にはおしゃれなカフェがいっぱいあるなー」と驚きながら、当時のクラスメイトや部活のメンバーと学校帰りに「おしゃれカフェ巡り」にいそしんでいました。

そんな中、大学時代が終わろうとしていた頃だったか。
レトロな喫茶店に詳しい友人に教えてもらい、東京・銀座のコーヒーだけの店「カフェ・ド・ランブル」に出会いました。

カフェ・ド・ランブル
伝説のマスターから受け継がれた名店で飲むコーヒーは格別

昔からコーヒー愛好家達に愛されてきたこのコーヒー専門店は、カフェブームが始まるよりももっと前からコーヒーや淹れ方を研究されてきた關口一郎さんが始めたお店です。

大きなコーヒーカップやマグではなく、エスプレッソを入れる小さなデミタスカップに濃いコーヒーが入って出てきます。
たくさん豆を使って、ネルフィルターでじっくり時間をかけて淹れる、過去どこでもみたことがなかったコーヒー。
超濃厚で複雑に絡み合う、深い味わいがそのカップの中にありました。

特に、焙煎前の生豆を何年もの間寝かせることで生まれる「オールドコーヒー」は、一度飲んだら特に忘れられない、日本酒やたまり醤油のような何層にも絡み合う旨味を持っています。

大田区にある「カフェ・パブロス」というお店との出会いも大きかったです。
住宅街にたたずむ、小さくてかわいらしいお店。

浅煎りのおいしさを教えてくれたお店で、コスタリカなど、南米のコーヒーを得意としています。
「サードウェーブ系」が出てくる前から、浅煎りの芳しい香り、やさしい味わいについて、真剣に研究しているお店です。
それまで深煎りのおいしさしか認めてこなかった私にも、浅煎りについて考えるきっかけを与えてくれました。

この時まで飲んできた「濃くて苦い」コーヒーから、深煎り寄りにも、浅煎り寄りにも、世界が広がった瞬間です。
豆の産地や種類、焙煎度合い、ドリップ方法について考えるきっかけとなりました。

大阪に移住したのちも、人生に影響を与えるレベルの珈琲店と出会いました。
みんなポリシーは違う人たちですが、どのお店にも敬意を表します。

大学卒業後しばらく。自家焙煎をはじめる。最初は手網で。

就職の先に充実した未来を見出せなかった私。
大学卒業後はアルバイトを転々としながら、子ども向けワークショップの研究、舞台の作曲の仕事やバンドのライヴに明け暮れていました。

その間も、「おいしいコーヒーが飲みたい」と様々なお店に通い、技を見て盗もうとしてみたり、焙煎について質問したりしていました。
ペーパードリップだけではなく、ネルドリップでもコーヒーを淹れるようになっていました。

そして、いつしか「自分でも焙煎をしたい!」と思うようになっていました。
2015年には焙煎用の手網を買って自家焙煎を始めていました。

手網焙煎
最初は手網を買って焙煎をしていました。ムラが見えますね

当時、住んでいたシェアハウスの住人にもコーヒーを飲んでもらい、意見をもらっていました。
焼きすぎて豆を炭にしてしまったことも多く、ドリップのコントロールも未熟。
当時の味は最悪だったと記憶しています笑

それでも、回数を重ねるごとにポジティブな感想をもらえるようにもなっていきました。

大阪に移住後。はじめてコーヒーを出して対価をいただく

詳しくは省きますが、いろいろやらかしてほとんど仕事が来なくなってしまいました(このことも、のちにいろんな面で大きな学びになります)。
そして東京では活動を続けられないと感じて、大阪の下町、此花区に2015年の11月に越してきました。

しばらくの間は何をすれば良いかわからずに過ごしていたのですが、翌年の3月に友人からこんなお誘いを受けました。

「マギくん、コーヒー焙煎できるんだよね」
「イベントに出店予定だった人が出店できなくなって、急ぎで代わりに出店してくれる人探してるんだ」
「お願い、コーヒー屋やってくれない?」

何かおもしろい活動をやりたいと思いつつも、何もできなくなっていた私にこんなお声がけがかかったので、二つ返事でやることにしました。
出店したのは、アーティストの尾柳佳枝さんの個展・イベントの中でのマルシェでした。尾柳さんは今では「空想喫茶ほころび」のパッケージデザインを引き受けてくれています。
(2月以降、正式オープン時にロゴとパッケージをお披露目します)

モトタバコヤ
出店会場の「モトタバコヤ」。棚には尾柳さんのグッズが並んでいます

ここではじめて、自分で焙煎したコーヒーをお客さんお出しし、対価としてお金をいただくことを経験しました。
此花区では「おいしいコーヒーを淹れるぞ!」と気合を入れまくっている店が当時は少なかったので、
「砂糖やミルクを入れなくてもおいしい!」
「冷めてもおいしい!」
とほめそやされ、調子に乗っていました。

面白いと思った私は、当時住んでいたシェアショップ・シェアハウスの複合施設「PORT」にて週何回か出店を始めることにしました。

PORTで出店し始め、SNSや口コミで評判もちょっとずつ広まり。
ありがたいことに、固定客の方々も何人か定期的に通ってくれるようになりました。
ボードゲームや音楽とのコラボレーションなど、イベントも行っていました。

アナログゲームとコーヒー
アナログゲームのイベント。未経験者から経験者まで楽しめるゲームがいっぱいでした

息子の誕生。お店の調子も良くなっていたが、お店が閉店に追い込まれた話

この後、転機が訪れます。
パートナーとの結婚、そして出産です。
子育てのためにしばらくお店をお休みし、今後の方向性について考えていました。

息子が生まれて半年ほど経ったころ。
近所の知り合いの喫茶店が事実上閉店し、間借りする人を探していたところでした。
私たちにもお声がけがあり、そのお店で2人で出店してみることにしました。

SNSを活用してお客さんが喜ぶ情報を発信し、限定品なども少しずつお出しして、過去赤字状態だった売上は以前よりも改善。
何より、お客さんが喜ぶものを出せたことが嬉しいです。

しかしながら、その後ほどなくして閉店に至ります。
息子は、先天性の命に関わる難病「ドラべ症候群」という難治性てんかんを患っています。
この記事を書いている2020年1月現在に至るまで、発作どめに効果的な薬がまだ認可されておらず、救急車で病院に運んでもらって点滴を打ってもらわなければ、呼吸が長時間止まって最悪脳症や死に至るケースさえあります。

現実的に、此花区に住んでお店を続けるということは不可能になりつつありました。
私自身も、そしてパートナーと息子も安心して暮らせるために、緊急時にすぐかかりつけの病院に行ける場所に引っ越すことを決断。

私のコーヒー屋としてのキャリアは、この日からしばらく途絶えることになります。

再開は不可能。何がやりたいのかわからなくなった時期

これまでツテのあった場所から引っ越してしまったことで、コーヒー屋の再開は事実上不可能に。
お店を開けていられたのは、善意でスペースを貸してくれていた方々の協力があってこそのことで、その繋がりがない場所でやれる見通しはつきませんでした。

それに普通にお店をやろうと思うと、息子の調子が悪くなったときに対応できない。
また、息子の症状の関係上、保育園への入園も不可能。
二人で子育てをすることを基本方針としていた私達。身動きの取れない状態になりました。

やりたいことができなくなりました。

やりたいことがやれないと非常にフラストレーションがたまる私の性格も災いして、家庭の中は緊張した状態に。
家庭を保つために自分を抑圧せざるをえず、「自分のやりたいことはやってはいけない」と、今思えばわけのわからない錯覚をしてしまっていました。

それでも、生活しなければならない。
恥ずかしい話ですが、実家に泣きついてお金を援助してもらうほどの状態になってしまった私。
その上がむしゃらに自分を偽って、ブログライティングや電子書籍の編集の仕事をやっていました。

おまけに自転車事故をきっかけに以前からあった隠れ脳梗塞が悪い影響を及ぼし、数回救急搬送されるということも。
脳梗塞の状態が悪くなって倒れたことから、「本気で生きないと後悔する」と考え直す。

自分を偽る生活は、精神的にも金銭的にも限界にきつつありました。
そのときに、私のコーヒーの味を知る方で、叱咤激励してくれた人がいます。

「ねぇ、マギは何がしたいの?何になりたいの?」
「実力もあるのに、それを活かさないなんてもったいなさすぎる」
「自分を偽るな!」

心底、えぐられた気がしました。
そこに向き合うのは正直苦しいことでしたが、その人をはじめとしてたくさんの人に支えてもらった結果、今の形でお店を再開することを決意できました。
本当に感謝しています。

コーヒー好きだけじゃない、地元のおっちゃん・おばちゃん、いろんな人に出した経験から学んだこと

再開するにあたり、どんなことをして人を幸せにできるか、時間をかけて考えました。
実店舗としてお店を出せないなら、通販やスポットでの出店になります。
どうしたら、お客さんに一番喜んでもらえるか、と。

ところで、此花区で出店を始めた頃、1つ心から理解できていなかったことがあります。
それは、人によって価値観は違うということ。

私はその辺のことを考える回路がかなり歪んでいたので、「自分が出すやつだったらおいしいはず!」と思い込んでしまっていたわけでして。
下町のおっちゃん・おばちゃんにとっては、コーヒーは「砂糖とミルクをドバッと入れて飲むもの」と思う人も。
まず砂糖もミルクも無しで飲んで、それから調整して欲しいと伝えて、挙句喧嘩のようになってしまったこともありました。

逆に、「気に入ってもらわなきゃいけないんだ!」って思いすぎて、変に迎合して薄っぺらいものを出したり、逆にこだわりすぎてやっぱり合わないものを出してしまったことも。

バランス感覚が大事なんですよね。
頑固になりすぎるのも、自分を抑え込むのもどっちも違う。

息子が産まれた後に喫茶店を間借りして再開した時は、少しやり方を変えました。
来店されたお客さんには好みや今日の気分を教えてもらい、話をお伺いした上で即興的にコーヒーを作っていました。
「そのお客さんにできるだけ迫り、近くで支えられるコーヒーをつくる」ということを徹底していました。
この方法は、現在のスタイルのベースになりました。

それからこの頃は、もう豆の産地とか品種とか、専門的な話をするのに疲れてしまっていたんです。
そんなの、美味しいのが飲めればなんだっていいじゃないですか。

このころ、お客さんの中には
「ここにくると現実逃避できる」
「お菓子とコーヒーの相性が良くて、つい来ちゃう」
「マギと話しに来ちゃうんだよね」
と言ってくれる人たちもいました。

「お客さんを幸せにすること」へのヒントは、ここに転がっていると思います。

現在。「空想喫茶」ほころびとして活動を再開

かかりつけの病院の近くに引っ越したことで、息子が手厚いケアを受けられる環境が整いました。
先生の尽力の甲斐あって、息子の発作は落ち着きつつあり、発熱やウイルスの影響がなければ、発達の遅れはあれども健やかに過ごせるようになりました。

そんな中、パートナーに私たちの共通の旧友から声がかかり、私より先にお店を再開。
その後もそのつながりからたくさんの人の協力を得て、
「空想喫茶ほころび」
として再開の目処が立ちました。

私が感じてきたコーヒーの世界すべてをまだ見ぬ人にシェアしていきたい。
そして、私がコーヒーをお送りするプロセスを通じて誰かの人生を支え、日々の彩りを分かち合い、お仕えしたい。
先人達が私にしてくれたように、「人生を変えるコーヒーの時間」を創り出したい。

後に退かないために、業務用の焙煎機を導入することを決断しました。
単純においしいコーヒーが飲みたくて、以前から使いたいという思いがあったと言ったほうが正しいです笑
正確な焙煎もしたかったし。

業務用としては小型で、メンテナンス性と取り回しに非常に優れた「煎りたてハマ珈琲」開発の焙煎機
業務用としては小型で、メンテナンス性と取り回しに非常に優れた「煎りたてハマ珈琲」開発の焙煎機

お店を開けてすらいない段階で業務用を導入するのはだいぶ博打だとは思います。はい笑
でもおいしいコーヒーを飲みたいし、シェアしたいし、何より自分がおいしいコーヒーを飲みたかったのです。

お客さんにコーヒーをお贈りすることを通じて、顔が「ほころぶ」体験を。
そして、その人の世界の中に別の世界を開けるような「ほころび」をつくる。

それこそ、ちょっと現実から逃げられるような。
お客さんがやりたいことを後押しできるような。
1日の終わり、始まりを彩れるような。

それをただブレンドを売るだけ、銘柄を売るだけではなく。
お客さんの現在に即して作りたい。

これまで焙煎してきた50種類を超える豆を通した実際の経験。
お客さんに対して即興でブレンドを組み上げてきた経験。
作曲家としてクライアントの世界を作り上げてきた経験。
人よりもたくさん失敗し、取り返しがつかなくなるギリギリのラインでなんとか今まで生き延びてきた経験。

このすべてを、このお店に叩き込んでいます。

空想喫茶ほころびへようこそ。

空想喫茶ほころび
店主 magi.